こんにちは、HOMELY制作チームです。9月に入っても東京はまだ蒸していて、打ち合わせ先から戻るたびにシャツを替えたくなる日が続いています。そんな中で先週、ある卸売会社の社長から「顧客管理のExcelがそろそろ限界なので、システムにしたい」というご相談をいただきました。
さて、システム開発はHOMELYの仕事ですから、本来なら「ぜひ作りましょう」と言うべき場面です。でも、ファイルを拝見して最初にお伝えしたのは「これ、まだ作らなくていいです」でした。
今回は、その理由を書きます。Excel管理の「限界」とは何なのか。どのサインが出たらシステム化に踏み切るべきで、どの状態ならまだ踏み切らないほうが得なのか。システム開発を売っている会社が、システム化を勧めない基準を、現場で見てきた実例で説明します。
先に結論を言っておくと、Excelの限界は行数では来ません。人数で来ます。
1. Excelは「黒板」であって「帳簿」ではない
通説:データが増えたらシステム化する
「Excelが重くなってきたらシステムに移すタイミング」。この通説は半分正しいです。
実際、Excelには限界があります。1シートの上限は1,048,576行。上限に達しなくても、VLOOKUPが数万行にまたがれば再計算に数秒かかり、画像付きの商品台帳は数千件でファイルが100MBを超えます。数十万行の取引明細をExcelで回している会社は、確かに「データ量の限界」を迎えています。この意味での限界は実在するし、そこでシステム化するのは正しい。
でも、相談に来る会社の9割は「行数の限界」を迎えていない
ここからが本題です。
HOMELYがこの1年で「Excelが限界」と相談を受けたファイルは、体感で9割が5,000行以下でした。先週の卸売会社さんも、顧客リストは1,800行。100万行まで入る箱の、0.2%しか使っていません。行数で限界が来るはずがない。
では何が限界だったのか。触っている人の数です。
このファイルを更新しているのは、社長、営業2名、事務1名の計4人。「営業が外出先からスマホで開くと読み取り専用になる」「事務が月末に集計用のコピーを作り、それが翌月も使われ続ける」「営業Aさんが自分の分だけ別シートに逃がして管理している」。限界の正体は全部、複数人で1つの表を共有していることから来ていました。
Excelの祖先は「1人の黒板」だった
ここで少し歴史の話をします。
表計算ソフトの元祖は1979年のVisiCalcです。開発者のダン・ブリックリンはハーバードのビジネススクールの学生で、教授が黒板に書いた財務モデルの数字を一つ変えるたびに、黒板の数字を全部消して書き直すのを見て、「電子的な黒板」を作ろうと思い立った。これが表計算の原点です。
つまりExcelは、生まれた時から1人が1枚の黒板に向かって計算する道具として設計されています。黒板は、1人が書いて1人が消すから成り立つ。4人が同時にチョークを持って同じ黒板に書き始めたら、誰の数字が正しいのか分からなくなる。当たり前です。
一方で「帳簿」は違います。1494年にルカ・パチョーリが体系化した複式簿記は、そもそも複数の人間が同じ数字を信用するための仕組みです。誰が書いても同じルールで記入され、書き換えの痕跡が残り、「正本」が1つしかない。商人と出資者と徴税人が、同じ帳簿を見て同じ結論に至れることが目的でした。
私たちはこの2つを「黒板Excel」と「帳簿Excel」と呼び分けています。
- 黒板Excel: 1人が自分の計算・分析のために使う。Excelの本領。何行あろうが限界は来ない
- 帳簿Excel: 複数人が「会社の正しいデータ」として共有する。Excelが苦手な用途。2人目が触った日から壊れ始める
「Excelが限界」という相談は、ほぼ全部、黒板を帳簿として使っていることの限界です。だから行数を減らしても、PCを速くしても解決しない。

2. システム化を判断する5つのサイン
黒板が帳簿として使われ始めたときに出る症状を5つ挙げます。3つ以上当てはまれば、システム化の費用対効果が出る段階だと私たちは判断しています。

サイン1:同じデータを2か所以上に打っている
受注をExcelに入れ、同じ内容を請求書ソフトに入れ、顧客台帳にも転記する。「二重入力」は入力時間の無駄だと思われがちですが、本当のコストは別にあります。2か所の数字が食い違ったときに、どちらが正しいかを調べる時間です。
先週の卸売会社さんでは、請求書ソフトとExcelの売上合計が毎月数万円ずれていて、事務の方が月末に2〜3時間かけて突き合わせをしていました。年間で30時間。突き合わせという仕事は、帳簿が1つなら発生しません。
サイン2:ファイル名で版管理をしている
「顧客リスト_最新.xlsx」「顧客リスト_最新(修正).xlsx」「顧客リスト_最新(修正)_営業用.xlsx」。この状態を私たちは「正本の消失」と呼んでいます。
バックアップのつもりで作ったコピーが、翌週には誰かに更新され、正本と枝分かれする。パチョーリの帳簿が500年生き残ったのは「正本は1冊」という原則を崩さなかったからで、ファイル名で版を管理し始めた時点で、その原則は失われています。

サイン3:特定の1人しか触れないシートがある
「あのマクロはAさんしか分からない」「関数が壊れたらBさんに聞くしかない」。
ここで強調しておきたいのは、これはAさんの責任ではないということです。黒板は、書いた本人にしか読めない書き方を許す道具です。ルールを強制する仕組みがない以上、属人化は個人の怠慢ではなく、道具の構造から必然的に起きる。Aさんが退職した日に業務が止まるのは、Aさんではなく黒板のせいです。
サイン4:入力ルールが半年で崩れる
「日付は西暦」「電話番号はハイフンなし」と決めても、半年後には「R6.4.1」「03-1234-5678」「031234…(全角)」が混在する。Excelの入力規則はコピー&ペーストで簡単にすり抜けるので、これも道具の構造上避けられません。
問題は、表記が揺れた瞬間にそのデータは検索も集計もできなくなることです。顧客1,800件の電話番号が3種類の書式で入っていたら、「この番号の顧客を探す」がもうできない。溜めたデータが使えないデータになります。
サイン5:月次集計が「誰かの月末残業」でできている
売上集計、顧客別ランキング、担当者別の対応件数。これらを毎月人の手で作っているなら、その数時間は「帳簿なら0秒で出る数字」に使われています。
月4時間、時給換算3,000円なら年間14万4,000円。5年で72万円。小規模なシステムの開発費は、この残業分だけでかなりの割合を回収できる計算になります。これは節約の話ではなく、「黒板に帳簿の仕事をさせている税金」を払い続けるかどうかの話です。
3. それでも「まだExcelでいい」3つの条件
ここまで読んで「全部当てはまる」と思った方も多いはずです。でも、冒頭の卸売会社さんに私たちが「まだ作らなくていい」と言った理由がここにあります。
システム化をしないほうが得な会社の条件は3つです。

条件1:触る人が1人で、今後も増えない
黒板を黒板として使っている会社です。この場合、サイン1〜5はほぼ出ません。Excelは最強の道具なので、そのまま使ってください。
条件2:業務のやり方がまだ毎月変わっている
これが卸売会社さんの状況でした。創業3年目で、「どの情報を顧客ごとに持つべきか」がまだ月単位で変わっている。この段階でシステムを作ると、納品した翌月から改修が始まります。
黒板の弱点は「複数人で使えないこと」ですが、強みは「何を書いてもいいこと」です。業務が固まっていない段階では、この自由さのほうが圧倒的に価値がある。フローが固まっていない会社にシステムを納めた経験はHOMELYにもあり、正直に言うと、そのときは半年で画面の3分の1を作り直しました。あれは受注すべきではなかった案件です。
条件3:Googleスプレッドシートで「同時編集」だけ解決すれば足りる
サイン2(ファイル増殖)だけが問題なら、スプレッドシートに移すだけで解決します。同時編集ができ、変更履歴も残る。サイン3・4(属人化・表記揺れ)は解決しませんが、それが痛くない規模なら、これで十分です。
卸売会社さんにはこう提案しました。「まずスプレッドシートに移して、半年運用してください。その間に『毎日使っている列』と『実は誰も見ていない列』を分けておいてもらえれば、それがそのままシステムの要件になります。作るのはそれからで間に合います」。
受注を半年先に延ばした形になりますが、そのほうが結果的にお客様の費用は安く済み、作ったものは長く使われる。制作会社としては短期的に損でも、そう言うほうが長期的には信用されると私たちは考えています。
4. HOMELYならどうするか
もしHOMELYがあなたの会社の担当者なら、明日やることは1つだけです。
今のExcelを開いて、「先週1回でも入力・参照した列」に印をつける。

たぶん、列の半分以上に印がつきません。印がついた列の数が、あなたの会社に必要なシステムの本当の大きさです。「今のExcelをそのまま画面にしてほしい」という依頼が一番高くつく理由はここで、黒板には何でも書けるので、100列超えのシートを丸ごと画面にすると、費用も使いにくさも倍になります。
規模の目安だけ書いておくと、印のついた列が20列以内・触る人が5人以内なら、開発費は数十万円台から、期間は1〜2か月程度に収まることが多いです(要件で前後します。費用感の考え方はホームページ制作の費用・相場の記事と同じで、「画面の数」と「データ同士の関係の複雑さ」で決まります。条件によっては業務改善助成金の対象になる場合もあります)。
黒板は捨てなくていい。帳簿の仕事だけを、帳簿に返してあげてください。
あなたのExcelが「黒板」か「帳簿」か、見せていただければ判定します。
5つのサインのどれが出ていて、スプレッドシートで足りるのか、作るべきなのか。作らないほうがいい場合は、そう言います。→ お問い合わせ
